父との思い出

まだ見ぬあなたへ

こんばんは。

 

今日のお題は「父との思い出」です。

 

 

4歳頃まで父の足の甲に登って高い高いの寝ころび版みたいな感じで飛行機の真似をしてもらっていました。

はさみやのりを使った手先を訓練する用のドリルなどを幼少時に定期的に買ってくれていた気がします。

小学生の頃ゲームボーイファミコンを貸してくれました。

ドラクエの小説で、精霊ルビス伝説・ドラクエ1~5のハードカバー版を古本屋で見つけて電話をくれて買ってくれたことがありました。

一時期、漫画雑誌りぼんを毎月購入するためのお小遣いをくれました。

中学生頃の一定時期か、ドリルを解いたら漫画か本を買ってくれました。

 

 

ごく幼い頃であるか、定期的な何か以外は父との思い出はあまり楽しい思い出が思い出せません。

小学生の頃もそんなに父のことを慕ってはいませんでしたがそこへ、「昔はかわいかったのに…」と言われるのも嫌でした。

 

 

最近は見ないかもしれませんが、私の部屋に勝手に入ってきた父を殴ろうとする夢を時々見ました。

現実には勝手に入ってきたのではなく、父のかけている音楽の音量が大き過ぎるとか父が女性蔑視的な振る舞いだったことなどが印象として消えないことが部屋に入るという形で表れているのではないかと思います。

 

 

自分を尊敬しないように見える妻と娘に対して、お父さんを尊敬しろとよく言っていました。

もう二度と会うことがない今でも父がどういう行動をしていたのかを言うだけでも責めるような言い方しかできない場合があり苦しく感じることがあります。

 

父は虐待をした訳ではありません。父にとってはできる限りのことをしたにもかかわらず、自分が家族の中で肯定されていないことに対して抗議していただけとも解釈できます。

 

父が肯定的な意図を持っていたにせよ、私が父のことを話す時に第三者から見てそれはかわいそうな家庭ですねとしか言いようがないような感じになっていることが苦しく感じることがあります。

 

これまでは結婚したら夫が自分の父のように接することが困難な存在になるのではないかという恐れが時々思い出され見え隠れしていたと思います。

 

 

ここ数年は、私はもう父との間にあった問題を自分なりに受け入れたという完了形で語りたい気持ちがあります。

 

 

自分が結婚したら夫には夫自身のことだけでなく家族の気持ちがわかる父親になってもらいたいという希望があります。